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毎度、書店に行って思うのは、「幸せの○○」、「○○で幸せになる方法」、
「幸せを呼び寄せる○○」って本が異常に多いってことです。

まあ、誰しも幸せになりたいわけですし、
なる権利もあるわけなので、そういった「幸せ教則本」を
手に取るのも自由なわけですが……。

私はそりゃちょっとお門が違うんじゃないかと思うわけであります。

 

ちなみに、私にとっての幸せは、
「家族みんながニコニコ元気」に尽きるわけです。

ニコニコ元気でいるためには、快適な衣食住や教育、娯楽が必要なわけで、
それを満たすためにはとりもなおさず銭っこも必要なわけで、
そして、その銭っこを獲得するために仕事というとても重要なものもあるわけです。

そして、仕事を充実させるためには、人脈やスキルや経験が必要なわけで、
要するに現実社会において疎かにしていいものなんてない、という結論に至るわけです。

ニコニコ元気の一点に向かってすべては重要な要素なわけです。

 

さて、冒頭の「幸せ教則本」ですが、
大方はその要素を獲得するための中途半端なものなんじゃないのかと。

目標を達成するための要素に過ぎないものを、
獲得する方法を「幸せ○○」って言っているに過ぎないんじゃないのかなと。

 

だいたい幸せは人によって違うわけで、
中二病の幸せとニートの幸せと社会人の幸せは違うでしょうし、
富裕国と最貧国の幸せは違うわけでしょうし、
その辺を十把一からげに幸せを語ることなんて誰にもできないんじゃなかろうか、
なんて思うわけです。

一方で「幸せ教則本」で、「幸せとは実はあなたの足元にあります」なんて
幸せの青い鳥的に言ったところで、まったく面白くもおかしくもなく、
絶対に売れるわけないわけで。

商業的には非常に悩ましいわけです(って知らんけど)。

 

というわけで。

私は人から指南されるような「幸せ」になる「方法」なんてないと思うわけです。

思えばなんだって幸せになるわけだし。

なにもよそ様からその幸せを既定される筋合いはないって思うわけであります。

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