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息子の親離れが加速しています。
やれ嬉しや。

奴も少年から青年、大人への階段を順調に歩んでいるわけであります。

というのは、ちょっと親父の背伸びであり、
正直なところ寂しいわけです。

これまで、お父さんお父さんで来ていた息子が、
親から離れる時間がドンドンと長くなり、
何かを誘っても断られることが多くなりました。

ちょっとずつ、ちょっとずつ、そうなっていくなら
適応能力にカビが生えかけている親父も
なんとか慣れそうなものですが、
圧倒的勢いでそうなっている現実があり。

もしかすると、夏休みが終わる頃には、
家族総出で散歩したりすることが、
もはやレアな行事になっちゃいそうです。

 

……寂しいぜ。

で。

ですね。

この寂しいエピソードが何を示唆するのかと申しますと。

娘もいともたやすくそうなっちゃうんじゃねーの?

という話なわけであります。

 

今。
私と娘は休日になると2人きりでスイミングに行ったり、
買い物に行ったり、お茶したりしています。

息子は上記のような感じですし、
まだ赤ちゃんがいる我が家は望む望まざるにかかわらず
妻と私が別行動せざるを得ず、
妻は赤ちゃん、私は娘、という感じなるわけです。

 

娘はコロコロよく笑いますし、
不思議な視点で物事を見ていますし、
私を飽きさせないわけですが、
その娘が上述の息子のように急に私たちから離れていくと思うと、
私は気が気でないわけであります。

 

……ドキが胸胸だぜ。

てか、嫌だぜ。

 

というわけで。

この生物学的、社会学的に見れば、非常に喜ばしい親離れ。

ただし、現代の日本に住まう極標準的な親父にとっては、
非常にインパクトの強い、儀式になっているわけであります。

 

…で、息子の親離れに慣れ、
泣く泣く娘の親離れに慣れ、
そういったことに慣れた頃に、
今度は赤ちゃんの親離れに
寂しがっていそうな学習能力のない親父なのであります。

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