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先日、私の洋服の引き出しに見慣れぬ靴下がありました。

私、相当服には無頓着なので、「見慣れぬ」なんて言いながら、
何の疑問もなく履いたわけです。

履き心地もいつもと違うのに、何の疑問もなく。

そして、1日を終え、さて寝ようという時、妻が言いました。

「新しい靴下の履き心地はどう?」

……気がつかなかっったよね。新しい靴下だってことに。

その昔買って、ただ引き出しに放り込んでいただけ、
くらいに思っていたのにさ。

ふむ。

なんと鈍感なことか。

やれやれ。

というわけで。

おそらく、その辺の無頓着さは妻には想定内のわけで。

何だったらダルダルになった靴下も頓着なく履く夫に対して、
新しい靴下をひっそりと補充してくれていたわけであります。

たぶん、アニバーサリーに花やプレゼントを買ったりすることは、
確かに大事なことだとは思いますが、
こういった日常のひっそりとした思いやりって本当に重要だと、
鈍感夫はつくづくと思ったわけであります。

てか、アニバーサリーよりも日常の方が
人生にとって多い時間なわけで。

そういった大多数の日々にさりげない思いやりこそがホントは重要なんじゃね?

なんて思います。

で、逆に私は妻には日常的何かしてあげているのかと申しますと、
まったく妻の思いやりほどには至らないことだらけで。

洋服に無頓着なのは、まあいいとして、

そういったことに無頓着になっちゃいけない、

なんて思うわけであります。

ま、日常の思いやりがとても難しいから、

人々はアニバーサリーにスペシャル感出して、お茶を濁すわけなんでしょうが‥‥。

それじゃあ、やっぱり夫婦はダメ、とは申しませんが惜しいと思う鈍感夫なのでした。

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