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ぬいぐるみたち子供を経験したことのある大人なら
誰でも思い当たることだと思いますが。

子供の自分がスゲー大切にしていることを
大人がシレッとスルーしたり、
ケチつけてきたり、
挙句の果てにはハナクソ並みのつまらないものとして扱ってきたりして、
非っ常ーに腹が立った記憶ってありませんか??

子供心に自分の大切にしていることが
実はそんなに大したことじゃないのかもしれないと、
不安になったり、落ち込んだり、心配したり。

きっとそんな経験って誰しもがあると思うわけです。

 

で。

私、大人になって、そして親になって思うことには。

それは子供がつまらないことをしているわけじゃなくて、
大人自身がつまらくなったということなのではないかと思うわけであります。

つまり。

発想も、生活の中の余裕も、感性の瑞々しさも、
ぜーんぶがつまらなくなった大人が、
ただただ自覚症状のない自分の鬱屈を
子供にぶつけている行為なのではないのかと思うわけです。

 

子供には子供の世界観があって、
その世界が後々どう大人になって役立つのかは、
私にはわかりませんが、
クッソつまんなくなった大人の脳みそで
軽々しく取り扱っていいわけはありません。

 

うちの娘が夜寝る前にぬいぐるみを妻の枕元に持ってきて、
自分がお母さん役、ぬいぐるみ(の声をしているのは妻)が子供たち役になって、
お母さん役の娘が子供たちをハグしてあげて眠らせてあげる、
って儀式を毎日しています。

前述のクッソつまらなくなった大人の私の脳みそは、
当初はそれを娘の睡眠時間を削る不要のものとして捉えていました。

だから
「いいから!もう遅い時間だから早く寝なさい!」
なんて平気で言っていました。

が。

その儀式をすることによって、すっかり安心して眠る娘。

忙しくても相手してあげている妻。

その双方を見て考えを改めたわけです。

つまり、つまらない頭の大人にとって一見すると取るに足らないことだとしても、
実は全然そんなことはなく、
子供たちにとって、とても大切なこともあるってことです。

 

子育てに余裕がなくなってくると、
親や大人たちは、途端に不機嫌になり、
邪険に扱ってしまうことがあると思います。

でもやっぱりそれは間違いだと私は思うわけです。

ちょっとだけ、自分が子供の頃に感じた
大人からのショックな対応を思い出せば、
それがいいか悪いか考える前に
間違いだって気づくと思うんです。

 

もしもタイムマシンがあって、
子供の頃の自分が現代にやってきたとして、
今の自分を見た時に……。

やっぱりショックを受けちゃわないくらいの
余裕を持っていたいと思うわけであります。

「え?!自分はそんなにつまらない大人になっちゃってるの??」

なんて思われるのはまっぴらご免です。

 

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