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今日、夕飯の時に赤ん坊の次男に離乳食を食べさせていた時のこと。

いつもはアムアムとよく食べるのに、
今日はあまり好みの味ではないようで、
私の差し出すスプーンに反応しません。

口は真一文字。

ところが、妻に交替すると、
まあ普通に食べ始めたわけです。

ところがところが、
今度は妻の食べさせた食べ物をブベベベーと
口から飛ばして遊び始めました。

味が好みでないことと、
お腹が減っていないこと、
寝起きで少し機嫌が悪かったこと。

それらのことが重なって、
あまり上手に夕飯を取れなかったみたいでした。

 

で。

↑のようなエピソードですが……。

私でも妻でもたった一人で育児をやっている時は、
まったく気持ちは穏やかにはなりません。

今回は妻と二人で笑いながら、
次男坊の様子を予測しながらご飯をあげ続ける余裕もありましたが、
正直これが一人の時に笑いながらあげ続ける自信は私にはありません。

子供が食べ物を吐き出すたびにイライラし、
口を真一文字に結んで食べないことにため息を出し、
もしかしたら何の余裕もないまま
機械的にスプーンを半ば強引に
赤ん坊の口に持っていったかもしれない……。

 

だからやっぱり私は育児をツラくさせるのは、
孤独なんだと思います。

この場合の孤独は別に伴侶がいないということを言っているわけではありません。

その孤独は文字通り「孤独」であり、
その孤独を解消するのが、
伴侶でも、恋人でも、親でも、義理の親でも、近所のママ友でも、
兄弟でも、親戚でも、親友でも、保育士さんでも、幼稚園の先生でも、
行政でも、NPOでも、育児サークルでも、
それは正直なところ、何でも構わないと私は本気で思います。

それが何でも構わないのですが、
やっぱり一人で育児をするということは
とても苦しいことになり得ると、
私は想像できるわけです。

 

だから私は育児中の人はできる限り一人で
頑張らない方がいいのではないかと思います。

孤独な育児が苦しくなる可能性があるのであれば、
親自身が孤独にならないように
できる限り手を尽くすことが必要なのではないか。

もしくは、「孤独な育児」を包み込んでそうはさせない社会的な仕組みが
必要なのではないか。

そうするためには「孤独な育児」のツラさを
もっと多くの大人たちが共有・共感すべきなのではないか、

と、私はそんな風に思います。

 

孤独な時と誰かと一緒な時の育児は雲泥の差があります。

だから「孤独な育児」がどんなものなのかを
もうちょっとみんなで想像してみるべきなのだと思うわけであります。

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