最近webのコラムで、結婚や子育てを押し売りすんなってものを読みました。
(確か漫画系のコラムだったかな??)
細かい表現は忘れてしまいましたが、
「非常に数が少ない体験(結婚や子育て)を
いかにも人生わかったように至上のものとして語ってんじゃねーよ!」
って感じでした。
さらに、
「結婚や子育てをしてなくたって、
超絶格好いい人を私は知ってるぜ!」
的な感じでした。
まあ、確かにそのとおりかな、と一瞬思わせつつも、
なんだか引っかかる私は何だったのでしょうか。
私が目に止めたくらいですから、
きっとインターネット上ではそれなりにバズったと思われ、
賛否含めて人の心にリーチしたのではないかと思います。
その評価まで調べる時間がなかったので、
「賛」が多かったのか、「否」が多かったのかはわかりませんが、
私は恐らく「賛成」が多かったのではないかと予測します。
だって、まあ、わかりいいですからね、
自分の経験を偉そうに語るな!ってところは。
でもですね。
私は「押し売り」は論外だとは思いますが、
たった一度(か数度)の経験でも、
自分がいいと思ったことは、別に高らかに言ったっていいじゃん、
と思うわけであります。
つーか、こと「家族のコト」に関わる問題なんて、
そうそう何度も経験しねーよ(ビッグダディ以外)。
どっかのコンサルの謳い文句みたいに、
「結婚回数は1000回を優に超える」
とか
「妊娠出産の数において全国一位を3回獲得」
とか、そんな奴なんているわけないじゃん。
だったら、結婚とか育児とかで少ない経験だから語るな、
ってのは違うだろと。
あわせて私が違和感を覚えるのは、
「経験がない派」に配慮して、物を申せないような社会がイヤ。
妊娠しない
結婚しない
子育てしない
恋愛しない
なんでもいいんですが、しないのはしない理由があるのは当たり前であり、
それが自分の選択だったのか、
もしくは必然だったのか、
そしてその結果に対して何らかの感情があるでしょうことも当たり前です。
そんな「経験がない派」に慮ることは重要です。
それが思いやりというものでしょう。
が。
それが高じて自分がいいと思っていることも言えないなんて、
やっぱりおかしいと思うわけであります。
大変でつらい妊娠を経た子育てが最高だと思うのであれば、
経験の多寡に囚われず言えばいい。
結婚して素敵な伴侶を得られたのであれば、言えばいい。
子供たちと日々の生活が楽しければ、それも言えばいい。
そういった経験を高らかに言うこと自体は間違っていなくて、
相手を慮って言わない、ということが間違っているのだと、
私はそんな風に思うわけであります。
言いたいことがあれば言えばいいし、そういった発言が嫌なら見なきゃいいし、
つまりそれくらいに単純に考えないと
いちいち何かを表現する時に、あっちを立たせるとこっちが立たないし、
なんて考えてしまって、相当につまらなくなってしまうと思うのです。