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先日、近所の公園でのこと。

その公園には相当急なすべり台があります。

イメージは「」←この文字を大きくしたような傾斜。

娘は小さい頃からこのすべり台が苦手。

6歳になった今も苦手で上に登ると足がすくんで動けなくなります。

 

その日も上に行って、大泣きして叫び、
一人でできる!とか、こわい!とか、
下で見ているこっちとしても、
「じゃあ、お前いったいどっちなんだよ」
と、そんな気分になっていました。

そろそろ下で待つのも飽きてきたので、
「いい加減にしろ~」と話しかけたところ。

「下で受け止めてくれなきゃ、イヤ!!!!!」

とのこと。

……。

……。

お前、もはや平均的な年長さんの身長はとうに超えていて、
ほとんど小学生くらいのデカさなのに何言ってんだよ……。

 

しかし。

そこは父親の性と申しますか、業と申しますか、

「わかったよ~、安心してすべってきな~」

なんて言ってしまう私は典型的な娘の父親。

 

そして、娘は一念発起してすべり台をすべってきたというわけです。

私の腕の中に。

 

と。

その時、その瞬間。

加速度をつけた娘の体重をすべり台の下で受け止めた瞬間。

私は得体のしれない不安に襲われたわけであります。

 

つまり。

それは娘を持つ全父が感じるであろう不安。

そう。

一体いつまで娘をこんな風に抱っこして、
抱え上げてあげることができるのかと。

それは、体重が増えて重くて無理、という物理的な問題とは、
一切これっぽっちも関係がなく、

父と娘の関係性の上において、
抱っこしてあげられるのは一体いつまでなのかと。

 

きっと、あと数年もしたら、
抱っこも、髪の毛をとかしてあげることも、
手をつなぐことも、今日着ていくお洋服を選んであげることも、

そのぜーーーーーーーーんぶが、

できなくなっちゃうんだよなあ……。

まあ、できたらできたでキモい父娘関係なわけで、
それが正常な親と子の成長なのかもしれませんが……。

 

私は。

なんだか急にすべり台の下で娘を抱っこしながら、
そんな不安と寂しさを覚えたわけであります。

すべり台を克服した娘をほめつつも、
あと何年で思春期に突入するのか計算している親父なのでした。

 

ということで。

世の中の娘さんたちに一言。

思春期できっと親父たちは嫌われると思いますが、

お願いですからまた一緒に仲良くやってほしいのであります。

もう抱っことかは無理だってこっちも十分に知っていますが、

お願いですから子供の頃のことは忘れないでほしいのであります。

下町に住まう娘を持つ親父からのお願いです。

 

……、我ながらちょっとキモいな……。

 

と言いつつ、かなり本気な気もしつつ、
きっと妻に鼻で笑われるんだろうなあ……。

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