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わが家は、子供たちに「男の子」⇔「女の子」と分けて考えないと明言しています。

それは以前、息子に対して「男だったら泣くな!」と怒ってしまい、
妻からたしなめられたからなのでした。
(以前のブログ記事「男なら泣くな?」)

確かに「男だったら泣くな!」という怒り方は、
息子や娘にとって百害あって一利なしだなと反省した親父は
以後つい「男なら…」という言葉が出そうになるのをグッと飲み込み、
兄妹の性差で分けて考えないようにしています。

てなわけで、最近はだいぶ慣れてきました。

 

……という前提がありつつ、
やっぱりそこはそれ。

最近、小3の息子と話すとき、
そろそろ「男同士」の話題になってきたなあ、と実感するわけであります。

私自身が小3くらいから人生が楽しくなってきて、
非常に記憶もクリアなので、彼と同じ目線で話ができるってわけです。
(小3になる前は霧の中で生きてきたみたいで、いまいち実感が湧かないわけです)

いつも足を引っ張ってくる奴、
陰口や告げ口をする奴、
一方自分は卑怯くさいことをしていないか、
殴り合いの喧嘩のこと、
喧嘩にならない方法、
喧嘩になったらどうするか。

そんなことを話すとき、
あー、これは「男同士」の話なのかなあって思うわけです。

私自身はあまりそういったことを親父と話してきませんでした。

親父がそういったことを話してくれなかったわけではなく、
何を話しても訓戒というか、人生訓というか、理想論というか、
そういった小3にとっては非常に楽しくなく実践的でないことが
おまけでついてくるので、
「もういいよ」という気になってしまっていたからなのでした。
(父ちゃん、ごめんよ…)

なので、私は息子と話すとき、できるだけ当時の私に思いを馳せて、
同じ目線で話すように心がけています。

「卑怯者に対峙する方法」とか、
極めて実践的な内容で話をすると、
小3坊主は非常に興味を持って話をしてくれるってわけです。

やっぱり相手をトコトンまで想像して話をするって大切。
と実感する親父なのでした。

もちろん。
この「男同士」の話は妻と娘には内緒です。
(ってこのブログを読んでるけどさ…)

性差で分けて育てることは、確かに間違っていると思います。
それは私の中でもう腑に落ちていることです。

ただ、やっぱり父と息子という関係においては
何か「男」というものにこだわって、
伝えていかなければいけないこともあるように
思うわけであります。

この辺については、
「じゃあ、その伝えていかなければいけないものってなんだ?」
と言われると、いまいち私の中でまだ言語化できていません。

もう少ししたら何かお伝えできるようになると思います。
その時に改めてこのブログに書きたいと思います。

 

というわけで!「男同士」の話は続くわけであります。

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