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先日、NHKの朝のニュースで
ある保健室の先生の特集をやっていました。

その先生はいつでも保健室で子供たちの話を聞いてあげ、
時には保護者や卒業生たちからも慕われ訪問されていました。

そこに来る卒業生は取り留めもないことや
テレビを観ているこちらがギョッとするようなことまで
その先生に忌憚なく話していました。

 

私がこの特集を見て感じたのは、

「人は自分の話を聞いてくれる人を欲する」

ということ。

 

特集に出てきて保健室の先生に頼るのは、
いろいろな事情により、身近な人に話せる人がいない人たちでした。

その保健室の先生がその人たちの人生に具体的に、
もしくは直接的に何かを働きかけるわけではありません。

でも、その人たちは先生に話すことにより、
安定とか、安心といったものを手に入れることができているようでした。

それが、カウンセリング的にどう言うのかは知りませんが、
実際に効果があるからこそ、
先生は多くの人から長く慕われているはずなのでした。

 

ただ悩みを語ったり、相談したり、
ただ普通のことを語ったり、笑いあったり、
そういった人を人は欲するものなんだなあと思ったわけです。

 

「結婚」も似ているかもしれません。

いわゆる「病める時も健やかなる時も」ってやつです。

例えどんなシチュエーションでも、
2人で生きていこうと決めたら、
一緒に笑ったり、泣いたり、困ったり、
嬉しがったり。

そういったことができるわけです。

 

一人で生きること、つまり独身が早死にのリスク要因となるのは、
上記のようなことがしづらいからなのかもしれません。
(前回の記事「【独身】生涯未婚は「不幸」の素」より)

もしも仲良い友達がいたとしても、
いい歳をした大人が生活の大部分を共有できるはずもなく。

たまに会って共感が得られたとしても、それはしょせん表層かもしれない。

ただ、それぞれにそれぞれの生活がある以上、
それを批判することも違うわけです。

 

「咳をしても一人」という自由律俳句がありますが、
泣いても一人、
笑っても一人、
困っても一人、
嬉しいことがあっても一人、
↑で人間は健やかに生活し続けることは可能なのだろうか。

 

だからやっぱり一人で生きるべきではないと私は考えます。

たぶん人間は一人で耐えきれるようにできていないのかもしれません。

だから冒頭の保健室に相談に来る子供たちのように、
誰か自分と同じ目線で語り合える人を欲するのかもしれない。

 

ゆえに私は「結婚」を強くススメるわけなのであります。

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