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お食い初め

うまく食べられました

昨日、うちの赤ん坊が初めて食べものを食べました。

今まで液体の「おっぱい」で
よくもこんなにデカくなったものだと思っていたのですが、
ついに固形物
(といってもご飯の形状がないくらいに
ドロドロにしたものですが)を
食べたわけです。

いわゆる「お食い初め」ってやつですね。

わが家は長男、長女ともに「お食い初め」は、
私がやる、というのが何となくの決まりになっています。

↑を聞いた保育園の先生はエライ感動してくれて、
「とても素敵ですね!」なんて言ってくれました。

……「家長として……」的な家父長制に彩られたもんじゃ全然なく、
ホント、何となくそうなった、って感じなんですけどね……。

 

さて。

で、こういった時にいつも思うことがあります。

それが。

赤ちゃんに「儀式」って本当に必要?と。

つまり、どういうことなのかと申しますと、
お宮参りやら、お食い初めやら、一升餅やら、
七五三やら、etc.
そういったことってホントに必要なのかな?って話なわけであります。

そもそも昨日の「お食い初め」にしたって、
本来なら生後100日でやるべきところなわけで、
うちはすでにそこから2.5か月ほど経過しているわけです。

わが家が儀式的なものにかなり無関心なことが知れるってもんです。

 

赤ちゃんの儀式は、大切にしたい、元気に育ってほしいという
親を含めた一族の願いが表されているものでしょうから、
それを「不要」と一刀両断にするのはお馬鹿さんなんでしょうが……。

だいたい「儀式」にかかる費用ってもんが、バカ高なわけで。

毎度、初穂料の「料金表」を見ると、ゲンナリしてしまい、
さらにそこに松竹梅のランクを付けられていると、
一体全体「松」と「梅」の違いって何なんだよ、
「梅」を選んだら「松」より幸せになれねーのかよ。
って気持ちにもなってしまうって話です。

しかも、その後に写真を撮ろう、なんて話になった日には、
諭吉先生がブンブン飛んでいくってわけです。

たぶんさらに少子化になったら、需給バランスの関係で
初穂料はもっと値が上がるんでしょうね。

……。

……。

そんなんならさ、みんなで温泉旅行に行った方が楽しくね?

と思うのは、私だけでしょうか……。

 

というわけで。

わが家では、およそ普通のご家庭で行われている
子供の成長にあわせた「儀式」というものを常に割愛してきたわけです。

同じお金をかけるなら、親も楽しめて、
上の子たちも満足できることを選んだ方が、
家族的にはOKなんじゃないのかな。

親の自己満足で綺麗なベベを着させられるより、
観覧車に乗った方がきっと楽しい思い出になるんじゃないのかな。

なんて思ったりするわけであります。

 

古来から日本で育まれてきた子供の成長とともにある「儀式」。

頭ごなしに「不要」とは言いませんが、
少なくともわが家の場合は、
「家族みんなで得られる体験・経験」の方に
軍配が上がるというわけです。

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