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ほぼ思いつきで書いた記事がエライ勢いで読んでいただいています。

その記事が「PTA廃止のススメ」。

PTAに参加した一人の父親の実体験をつづったものなので、
当然のことながら全国にある小学校の中の
たった一つの小学校の体験をレポートしたものです。

が。
ここまで検索されて読まれるということは、
あながち「たった一つ」に納まらない共通の問題点を
レポートしちゃったからなのかもしれません。

 

で。

こんな風にブラック企業並みに嫌われ、
親御さんたちに負担をかけ続けているPTAが
ホントに廃止できないのには
やっぱり共通の理由があると思うわけであります。

上の記事に到達するための検索語を見ていると、
「PTA 廃止」とか「PTA ブラック」とか、
まあ、PTA+ネガティブな言葉という組み合わせが出るわ出るわ。

どんだけ嫌われてんだと。

そんなに嫌ならサッサとやめりゃいいのにと。

思っちゃったりもするわけですが、
PTA廃止に動くに動けない親御さんたちの事情もあるわけです。
(もちろん私も含めてですが)

というわけで、その理由ですが……、
つまりそれは「廃止する方が役員をやるよりもよっぽど体力もいるし、摩擦もある」
という言わずもがななものが挙げられるのではないかと思うわけですね。

 

PTAに一度は出たことがある方ならわかると思いますが、
あの独特の雰囲気で革新的な発言をするということは
非っ常~に勇気がいる行為なわけです。

なんなんでしょうね。あの重苦しい雰囲気。

「次に議事録です」とか、
「会計監査の結果……」とか、
普段の生活ではあまり耳慣れない堅苦しい単語のオンパレード。

ただの任意団体なのにね……。

企業だったら利潤の追求、
NPOだったら目的や目標の共有、
といった利害関係がはっきりしている組織体として
運営することも可能なのでしょうが、
思惑や利害がまったくバラバラの「ただの任意団体の」PTAって、
敢えて堅苦しい単語で組織の体を保たなければ、
やっぱり運営は難しいのでしょうか。

 

ということで。

何十年も学校教育の現場と渾然一体となってしまったPTA。

私はそれがそもそも間違いだと思っているわけであります。

PTAは、戦後、草の根民主主義の啓蒙活動としての機能を担って、
発足した団体なわけで、もうそんな時代じゃねーだろーと。

んでもって、PTAのような謎の教育素人集団が、
教育の現場に密接に絡み合ってちゃイカンだろと。

戦後の「主婦」文化が台頭した時代とは
家族も家庭の状況も大きく変わっているわけだし。

特に都市部では共働き世帯はかなりの数に上るだろうし。

PTAはすでに重荷としてしか機能していないと思うわけです。

そんでもって、ボトムアップで革新的な意見を言えるほど、
透明で風通しのいい組織でもないわけですし……。

ってことで。

ここは一発トップダウンで廃止、縮小を文科省辺りから
ブチかましてもらいたいと切に願うわけであります。

PTAの活動が働くお母さんやお父さんの重荷になっていることは、
国策的にも間違えてるでしょと。

教育の現場を親たちが監視するという機能は、
現在のICTで何とでもなるんじゃないのかな。
(そもそも今のPTAにその機能があるとも思えないけど)

 

文科省のお達しが教育現場で金科玉条になっている現状があるなら、
戦後数十年続いたPTA体勢だって、簡単に粉砕できると思うわけです。

(あとは「PTA大好き」派の人たちをどう説得するかが問題だな……。
ってか、それが一番厄介だったりして……)

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