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10年位前からダイバーシティ、ダイバーシティ、うるさいわけです。

その大半はマイノリティに目を向けるとか、
マイノリティの人材を活用するとか、
その辺のことを言いたいために使い始めて、
その辺からこんがらがって、
女性の活用とか障害者雇用とか外国人労働者の問題とか、
そういったことを言う時のキーワードになっているわけです。

でも、そもそもダイバーシティなんてただ単純に「多様性」ってことなわけで。

イデオロギーで色付けして味付けして、
勝手に解釈していいものでもないように思うわけですね。

 

だいたい多様性を受け入れることって、
弱者やマイノリティ救済的なこととはちょっと意味が違うなと。

 

背の高いやつもいりゃ、低いやつもいて、
英語話して、中国語話して、日本語話して、
丼ぶりものが嫌いなやつもいりゃ、ネコマンマが好きなやつもいて、
結婚している人もいりゃ、離婚している人もいて、
そもそも結婚してない人もいる。

まあ、多様性って私はそういったことだと思うわけです。

どっちがいいも悪いも、強いも弱いもない、
そういったことをマルッと飲み込んでいるのが多様性なのだと思います。

 

だから、子供に多様性のことを教える時、
弱者に目を向けようといった感じの24時間テレビ的な教え方は、
ちょっとマヌケというか、アホというか……。

よーするにたくさんの人がいて、たくさんの考え方があって、
たくさんの人種や国家、利害関係、そういったものがあることを
淡々と教える他ないと思います。

で。

そういったスタンスで子供たちに教えていて困るのが、
世の中の多様性は案外と残酷な事実を持っているということ。

だから、多様性を教える時、
子供たちは結構恐れのまなざしで聞いていることが多いわけです。

貧困や差別、戦争、そういった人間の多様性に
密接に関係していることを教える時、
子供たちは今家族と一緒にいることに安堵し、
まだ見たことのない世界の多様性に恐怖するわけです。

 

ニュースなんかを見ていて、
聞きたがるままに教えてしまって、
ちょっとやり過ぎたかなと思うこともしばしばです。

が。

私はそれでもいいのかなと思っています。

いつか子供たちは動物が仲良く楽しく遊ぶ仲良しどうぶつ村から、
多様性がマジで振り切れいている現実の世界に旅立つわけで。

その辺を親が覆い隠していい事なんざ、一個もないと思うわけです。

残酷な多様性に恐怖した心を忘れないようにしてほしい。

そして、なぜ残酷なのか、なぜ恐怖したのか、
その解決方法を自分たちの勉強や仕事で
考えていってほしいと願うものなのであります。

 

……で、余談なんですけどね。

米国の大統領。

多様性の排除に躍起になってますね……。

あの権力レベルで世界を単純な色に塗り替えようとしているなんて、
本気で時代を逆行させたいのかなと。
てか、無理じゃね?

なんて思うわけですね。……ホントに余談だけど……。

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