Pocket

「どうしておばあさんの手は柔らかいんだろ。
皺くちゃだけど、赤ちゃんみたいに柔らかかったよ」

と言うのは5歳児の娘。

今日、区の在宅介護支援センターに行ってきたそうです。

 

大人の私からすると、介護、在宅医療なんて聞くと、
その言葉の先にある介護をされているご家族のことや、
今まさに介護を必要とされる方々を想像してしまい、
無邪気な要素はないわけです。
(当たり前か……)

ところがどっこい(死語)。

5歳児の娘にはそういったバイアスと言うか、
思慮というか、まあそういった大人的な思惑なんざ
まったくないわけです。
(それも当たり前か……)

で、冒頭の感想になったわけですね。

 

娘は初めてセンターに行ったので、
かなり昂奮して私にいろいろと教えてくれました。

「せっせっせのよいよいよいを一緒にしたんだけど、
リルルが負けちゃって、
おばあちゃんが『ごめんね、勝っちゃったね』って、
謝ってくれたの。だから勝つまでできたんだよ!!」

とか。

「ねぇ、どうしてあそこのおじいさんとおばあさんは
やさしいのかな。リルルのおじいちゃんとおばあちゃんじゃないのにね」

とか。

 

娘の行っている保育園では在宅介護支援センターに
月1回訪問しているのですが、
その役目を担うのが上のクラスの子たちなわけで、
初めてその任についた娘はかなり鼻高々だったようです。

 

で。

思いました。

つくづくと。

核家族のわが家にとって、
お年寄りは日常ではないのだと。

お年寄りは盆暮れの帰省の際に会える私と妻の父母が対象になり、
それはまさに特殊なイベント。

日常の中にお年寄りがいないから、
手が皺くちゃだったり、柔らかかったりすることも
知らないというわけです。

 

私たちのような家、
つまり都市部に住まう核家族は
統計的にもかなりの世帯数になるはずだと思います。

これからの日本の経済は、都市部に集約される傾向にあるはずです。

すると、私たちのような家族がさらに増えるはず。

一方でお年寄りは恐ろしい速さで増え続けもするわけで。

ってことは、お年寄りが日常にいない子供たちは必ず増えるってわけです。

 

なので。

こういった世代を越えた触れ合いの機会は
ぜひとも増やすべきなのではないかと思う次第なのであります。

で。

なぜ増やすべきなのかという理由については、
またの回にさらに深く考えたいと思います。

Pocket