Pocket

先日、家事のことをブログで書きました。

すると結構アクセスがあり、
つまり二匹目のどじょうってことで
性懲りもなく家事のことを書こうってわけです。

 

10年くらいの夫婦生活で
わが家の家事はなんとなくうまい具合に落ち着いてきました。

得意な方が得意なことをやり、
どっちかが苦手なことは得意な方がカバーして、
って感じ。

私は朝が得意なので、朝の苦手な妻をカバーして、
朝系の家事はたいてい私がやっています。

妻は料理が好きなので、
料理全般は妻。

アイロン掛けは妻が苦手なので私。

まあ、そういったことに自然となりました。

変な風に偏ったり滞ったような部分もなく、
毎日がいい感じで回っています。

 

私。

この家族で考えるコト研究所ブログを始める時、
すごく思っていたことがあります。

この日本では、
家族のことに関して、すごく偏って、
歪なことになっているって。

家族のことって言えば、
たいてい女の人ばかり。

それがすごく嫌だったわけです。

家族のことは生活であり、
その毎日の生活が積み重なって人生なわけで。

そして、その家族のことを
快適に「運営」というか、「経営」というか、
円滑に営むためには、
家事は欠かせない存在なわけです。

 

まあ、確かに私は自他ともに認める家事嫌いですが、
家族や生活や人生や
そういったことを丁寧に考えたり、
向かい合ったりするためには、
ただの嫌いな何かにするのは、
どこか違うかなと。

そして、それが家の中の誰かの肩にだけ重くのしかかっているのも、
なんだか違うかなと。

 

こんな言い方すると、
すごく偏見に満ちているかもしれないですが、
家事を丁寧にしていない人や家族は、
どこかだらしのなさがにじみ出てきてしまっているように思うわけです。

家族のことは、
家事⇒生活⇒人生に密接に結びついていて、
そしてそれが普段の立ち居振る舞いや言動や
そういったことににじみ出てきてしまっているかなと。

 

下町のカフェに入ると、
横でおばちゃんたちが何かに文句を言っている、
なんて光景が日常的です。
(現に今も隣でずっと家族のことに文句を言っている人がいるし)

いやだいやだって文句ばっかり言っていたら、
何かは変わるんですかね?

生活はよくなるのかな。

 

私がブログで家事のことを書いた時、
見に来てくれる人の検索ワードは、
「家事」+ネガティブワード(「いやだ」とか「きらい」とか)
が非常に多いです。

みんな、家事がホントにいやなんだなあって思います。

 

繰り返しますが、私はやっぱり家事はキライです。

単体で見るとこれほど嫌なことはない。

でも、家族のことや生活や人生をだらしなくするのは、
もっと嫌なわけです。

 

つまりは、そういうことなわけで、
家事ってもんを考える時、
やれテクニックだ、時短だ、便利グッズだ、
と大騒ぎせずに、
自分と家族と生活と人生って視点で考えることが
本当に大事なことだと思うわけであります。

Pocket