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娘5歳の将来の夢が「お母さん」です。
そんな娘の憧れの人は私の妻。で、妻は現在妊娠中。

なので、娘は
「大きくなったら、お母さんになって子供を産みたいです」
と言います。

実際、先日保育園であった娘の生まれ月のお誕生会でも、
みんなの前でそれを堂々と発表したとのこと。

他の子たちはキャラクター(男の子だったら仮面ライダーとか、
女の子だったらプリキュアとか)だったり、
特定の職業(ケーキ屋さんとかお花屋さん)を言っていたりするのに、
娘は力強く言ってのけたらしいです。

その日、迎えに行くと保育園の先生数人から、
「とてもしっかりしていて立派でしたよ」、
「お母さんなんて、素敵な夢ですね」なんて褒められました。

 

彼女のこの希望はかなり揺るぎないものがあり、
私や息子が「他にはどんなことをしたいの?」と聞いても、
絶対にその他のことは口にしません。

娘が何でもマネをする3つ上の兄が
「プロ棋士」、「建築家」、「科学者」といった職業を
目指しているのに、このことに関してはまったく影響を受けません。

 

……。

……。

うん。

いいんですけどね。

このことについて、
私が是非を述べるのもなんか違うからいいんですけど。

いいんですけど、なんか微妙に悩んでます。

 

娘の憧れが妻ですし、
その妻の妊娠も出産も本当に応援して楽しみにしています。

だから、ただのおままごとのやり過ぎで
「女の子=お母さん役」
になっているような単純なものでもないのです。

まったく誰からバイアスをかけられているものでもない、
彼女の本心からの希望であるわけです。

 

そもそも娘には、性差、産む性、女性と男性、
現在の女性の立場、性差による差別と偏見、
男女雇用機会均等法や一億総活躍社会の虚像と実像、
なんて小難しいことは当然のことながら頭にはありません。

 

あるのは、

憧れの人が自分のお母さん

その憧れの人と同じ性

で、さらにその人が妊婦さん

だったら私も!

って感じの発想なのでしょう。

妻の属性から「働くこと」が抜けているのは、
たぶんお母さんが職場で働いていることを
イメージできていないからなのかもしれないです。

 

ということで。

偏見に満ちているのは
実は私の頭の中身の方なんでしょうね、たぶん。

 

かつて女性をこうでなくてはいけない、
ということで何かに縛り付けてきた偏見。

だから、現在の日本において、
そういったことから自由になることは
「無条件で善である」という
また新たに生まれた偏見。

私の中にはその新しい方の偏見があるのかもしれません。

 

だから、本当に親としてすべきなのは、
頭をブンブン振ってそんな思い込みや偏見を取っ払って、
大切な娘の大切な夢を応援してあげることなのだと思うわけです。

 

……。

なんて、格好つけつつ、
やっぱりまだ当分は悩むと思います。

その夢を娘と一緒に大切に育ててあげるのが、
親の役目であることは重々承知しているわけですが、
やっぱりちょっと悶々とする親父です。

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