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数か月前、かなり育児と家事に参っていました。

妊娠でつわりがひどい妻と上の子たち二人を相手に
主夫をやっていたのですが、
まったく余裕がない状態です。

最近だいぶ体調が安定してきた妻も、
その時の私はかなりイライラしていたと言います。

ということで、
主夫業もだいぶ落ち着いてきた今、
その時の状態を思い返して、
反省すべきことなどを考えてみました。

 

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仕事と育児をする主夫の日々は常に時間との勝負です。

しかも育児というものはルーチンワークにはなかなかならず、
これをこぼした、あれを壊した、鼻血が出てきた、
お便りを出し忘れた、兄妹ケンカした、熱が出た、
と不測の事態のオンパレードになります。

 

そこに追い打ちをかけるのが、育児に関する各種の情報や報道。

○○な子は○○していた!

○○な子には○○が欠けている!

○○な子は○○が足りない!

○○たらねばいけない!

○○はダメだ!

○○でいいんだ!

 

そんな何が本当か本当じゃないのか分からないまま、
一見まことしやかなそういった情報に左右されていると、
自分と子供たちが何に向っているのか分からなくなってしまいます。

 

育児の本質や核心がいったい何なのか、
まったく分からない状態です。

目的も目標も定かならぬ状態で、
毎日を慌ただしく消化しているだけの状態。

 

そうなってくると子育ての目標は
別のものにすり替えられてしまいます。

どこかの有名大学に子供たちを入れたお母さんだったり、
カリスマ主婦の家事の仕方だったり、
仕事と子育てを両立するスマートなイクメンだったり、
そういった情報発信源の「誰かヨソのうち」のやり方を目標にしてしまう。

 

こうなってくると子育てはただ苦しくなってくるだけです。

自分と子供たちをそういった既成の枠の中に
強引に当てはめようとする、
そんなことが苦しくないわけない。

そして、いつも感じるのは「不足」にしかなりませんでした。

あの状態になっていないわが家。

あの状態になっていない親である自分。

あの状態になってくれていない子供たち。

 

そして、親がそんな状態だったら、
子供たちはいったい何を感じるのか?

「時間に追われる日々」と
「誰かヨソのうちのやり方」と
「いつも不足を感じている親」でつくり上げられた家は、
子供にとって魅力的なものなのでしょうか。

 

だから、自分が苦しい育児は
子供を苦しめる育児になってしまうのではないかと
思ってしまったわけです。

 

と言いつつも、
縛られない自分ならではの子育てスタイルの確立!
と張り切る必要もないのではないかと思いました。

 

では、まず何から考えればいいのか?

 

実はその答えが以下の西原理恵子さんの
漫画『毎日かあさん』にありましたので、
引用させていただきます。

かあさんが子供たちの小さい頃の夢を見て、
その時のことを思うシーンです。

家事なんかしなきゃよかった

家なんてもっと汚くてよかった

洗たく物もためちゃえばよかった

食事なんか手作りすることなかった

あんなに抱っこしてほしがってたのに

もったいないことしちゃったなあ

毎日新聞 2016年2月22日掲載
西原理恵子『毎日かあさん』
第654回「思い出の夢」より

 

たぶん子供たちはお母さんやお父さんに抱っこしてもらって、
好きに話を聞いてもらえるだけでうれしいんだと思います。

 

洗濯も食事も掃除も優先順位は全部その後と
割り切って考えてみれば、
何か肩の力が抜けるような気がしたわけです。

 

ということで、
元来チャランポランな私でさえ、
自分を苦しめるような育児をしていたわけで。

私なんかよりも、もっとまじめに考えている方が
もっとご自分を苦しめるような育児になってしまわないよう、
こんな形で私の反省をお伝えする次第です。

 

子供を抱っこしてあげられる時期は、
人生の中で思っているよりも少ない。

もっとその時期を大切にしたかったと思っても、
もう絶対に戻ってこない。

そんな風に思ったら、だいぶ救われたということです。

 

……毎日かあさんにお礼を言わんと。

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