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数日前から今現在も熊本県を中心に地震が頻発しています。

被害状況もまだ確定していない状況です。

今朝のテレビでは、家屋倒壊により自宅1階に閉じ込められ、ほんの数時間前に救助された方のインタビューが流れていました。

 

災害の報道を見ていて思うのは、そこで報道されるご家族のその日の朝食や昨日の夕食のこと。

まさかその食事中に、いつかどこかで見たようなテレビで報道される被災者側に、自分と家族がなるなんて想像をしていた人は、一人もいなかったはずです。

 

災害、事故、犯罪はその前の食事の団欒の時には、家族が予測もしなかったような現実を瞬時に叩きつけてきます。生活は一瞬にして変わります。

テレビで見たことのある被災者・被害者側に自分も家族も残酷なくらい簡単になるのです。

 

それは、日本のどこにいたって、すべての家族にとって起こり得ることのはずです。

 

次の瞬間。次の食事。次の休日。来月。今年の年末。来年のお正月。

そして、来年の花見。

考えるだけで恐ろしいことですが、その時に家族が今と同じである保証は、まったくありません。

自分と家族がいつかどこかで報道される側になるかもしれないのです。

 

ただ、だから一瞬一瞬を大切にしなくてはいけない、日々に感謝しなくてはいけない、ということがよく言われますが、それはなかなか難しいことだとも思います。

日常に感謝したくても、それを思い出させてくれるほど、家族の日常はのんびりとはしていないからです。

「日常」は普通で普段で、流れるように過ぎていくので、そこに特別な感情を持つことはとても困難です。

 

だから、自分に悔いの残らないよう、家族に悔いを残させないようにできることは、自分を家族にさらけ出して、会話し続けることしかないのかもしれません。

真面目に丁寧に自分自身を語り続けることしかできないのかもしれません。

 

この今の家族の一瞬は、どこにも保障されるものでないことは、理解しています。

でも忸怩たることですが、私にとっては、どうしても殊勝に「日々に感謝」することが難しい。

なので、「どこにも保障されない家族の明日」のために、これからも精一杯、家族と会話し続けようと、思うのです。

今回の災害について、まだまだ予断を許さない状況であると思います。

被害に合われた地域の皆様へ心よりお見舞い申し上げます。

どうぞご家族の皆さま、ご自身、可能な限りご自愛ください。

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