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将棋大会以前、息子の趣味の将棋を通して
「礼儀」について考えた記事を投稿しました
(関連記事「礼儀とは何か」)。
今回改めて「礼儀」について
考えさせられることがありましたので、
その第2弾の投稿になります。

今回のエピソードでまず私が思ったのは、
「礼儀と才能には何ら関係がない」ということです。

お行儀がいいことと悪いこと、
才能があることとないこと、
それらには相関関係なんてない、
ということを改めて考えさせられました。

 

さて、ある将棋大会に息子が出場しました。

私は保護者席で観覧していたのですが、
参加者の中に非常に自由人の子が一人。

その大会では子供たちも対局中は
正座をしなくてはいけません。

でも、その子は立ち膝になったり、
屈伸をはじめたり、ふざけたり、
隣とおしゃべりしたり……。

会場内でかなり目立つ子でした。

 

そして、トーナメント戦なので、
その子と息子はお互い勝ち進んだ末に対局。

結果、息子はものの数分で負けてしまいました。

で、その子は最後に優勝を果たします。

 

保護者席からの遠目なので
その子の指し手は定かではありませんが、
他の子供たちと一線を画すくらいの力量を
持っていることは見て取れました。

いつも私から礼儀について、
とやかく言われている息子の悔しさはかなりのものでした。

  1. 「自分はあんなにお行儀悪くはない」
  2. 「将棋が本当に強いのはちゃんとお行儀よくできる子だ」
  3. 「だからあの子には次に戦う時は負けたくない」

概ねこの3点で腹を立てています。
まあ、無理もない話です。

でも、自分の息子のことではあるのですが、
残念ながらこの考え方は破綻しています。

将棋の強さと礼儀について関係がないことは、
すでに優勝したその子が証明してしまっているわけです。

だから2番目の
「将棋が本当に強い子はお行儀よくできる」
ということははっきり言って間違いです。

息子の3点の発言で
親として指示できるのは3番目で
「いいぞ!次はガンバレ!」という感じで応援するくらいです
(1番目は「まあそうかもね」という感じで、
いわゆる「負け惜しみ」かなと……
さすがにそれは言えませんでしたが……)。

 

得てして親たちはお行儀のいい子が大好きです。

だから、もしかしたらそんな子を
才能や能力と関係なく過大評価しているのかもしれません。
そして、そんな子たちは親がいいと思っている型(礼儀)に
はめ込まれているだけの可能性も否定できません。

一方でお行儀の悪い子のことを
過小評価してしまっている可能性もあります。

ただ親たちが望ましいと思っている
型(礼儀)通りではないというだけで……。

 

ということで、
親として息子に対して、
これまでの礼儀についての教育と
どう整合性を付けて説明するのか、
非常に悩ましい状態になってしまいました。

息子には
「礼儀は大切(人との関係性の中においては)」
ということと、
「行儀が悪いということだけで相手の能力(才能)を見誤ってはいけない」
ということを切り分けて、
納得させる必要があると思ったのでした。

 

息子は明らかにその子と違うタイプですので、
礼儀作法を度外視した自由な環境が
彼を最大限に伸ばすのかというとまた違う気がします。

礼儀と才能には相関関係がない以上、
別に礼儀を蔑ろにしても強くなれるわけでもありません。

う~ん、なかなか難しいなあ、なんて思ってしまいました。

 

そんなこんなで、
親子の将棋ライフにおいて
小難しい課題を投げかけるエピソードになったのでした。

(その後、息子は新しい戦法や守りの陣形の勉強に余念がなく、
次回その子と出会う時には
相応のリベンジマッチをしてくれることになると思います。
正直なところ、かなり楽しみです)

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