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私は子供の頃、何度か転校をしたことがあります。
幼稚園×2、小学校×2、中学校×2ほど経験しました。入学したところと卒業するところがいつも違うので、幼馴染がまったくいません(もう住む場所も遠く離れているので、同窓会にも全然出席できていません……)。

さて、そんな転校生生活は独自の処世術を磨くこともでき、今考えると結構勉強になったと思います。
一方、転校するたびに毎回同じような過ちも犯していました。
転校生あるある「タグ付けのミス」です。

「タグ」は本来的には荷札や付箋のことですが、パソコンやインターネットなどでは、あるルールに基づいた識別記号に使われる言葉です。
要するに「カテゴリーの名前」のようなものです。
例えば、このブログ記事には「コラム」、「転校生」、「タグ」といったタグが付けられています(ページ下の「投稿タグ」をご覧ください)。
そのタグはブログ記事の分類にも使われますし、今回のこの記事の特徴を表しているともいえるわけです(ブログ記事を検索したり管理したりする時に役立ちます)。

さて、新しいクラスにぶち込まれた転校生は当たり前ですが、自分一人が目立っています。
そのためクラスメートたちは一瞬で私を認識することができます。
ですが、転校生は入れ代わり立ち代わり目の前に現れる新しい友達たちを何とか認識しようとするのですが、それが中々難しい。
そこで行うのが「タグ付け」です。
その「タグ付け」は前の学校にいた容姿や雰囲気が似ている人間になぞらえるやり方です。

前の学校で面白かった佐藤くんと顔立ちが似ているから、この新しい友達も面白いはず。
前の学校でしっかり者だった山田さんと雰囲気が似ているから、この子もしっかり者のはず。
みたいな感じです。

それで新しいクラスメートをそれぞれ「タグ付け」して認識し、早目に名前を覚えるための手段にしていました。
ただこの方法は初期の段階で名前を覚えるためには結構役に立ちますが、後々そのギャップに悩まされるのです。
「面白かった佐藤くん」というタグを付けている新しい友達に佐藤くんと同じように接して、いきなりブチ切れられたり、「しっかり者の山田さん」というタグを付けている子にクラスの備品の在りかを聞いても結構ちゃらんぽらんだったり、自分で勝手に付けたタグと本来のその子たちとのギャップに翻弄されるのです。

思えば、勝手に付けたタグで認識されて、その結果ギャップにびっくりされたり、がっかりされたりするなんて、その子たちにとっても迷惑な話です。

でも、転校生の寄る辺の「タグ付け」は転校するたびに無意識のうちにしてしまい、そのたびにギャップによるミスを犯してしまう、というわけです。

 

そんな昔の話なのですが、実はこの「タグ付け」は、大人になった今でも当たり前のようにやっています。新しく出会った方のタグ探しです。

今でこそ「前に会ったことのある○○さんに似た人」のような安直なタグはつけませんが、自分との共通点やその人の特徴や特長といったタグを探して、脳内でカテゴリー分けをして、無意識にそのカテゴリーの人に合った傾向と対策を実行しているという具合です。

それを考えるにつけ、以前のブログ記事「SNSの威力」にも書きましたが、SNSは初対面の方のタグ探しにかける時間を一気に短縮してくれるので、大変ありがたいツールです。
自分勝手に付けるタグと違い、SNSの投稿はその人自身が掲載しているので、そのタグはある程度の信頼が置けるというわけです(ただし、“ある程度”ですが……)。

ということで、新しい環境や人に早く適応するために、今日も「タグ付け」を行う日々なのです(脳内の処理を短縮・簡便化させる方法ってわけです)。

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余談ですが、「年齢」でタグを付けようとする人がいますが、それってどうなんでしょうね。

私はよく年齢を聞かれるのですが、思うにそれを聞く人は「30代前半男性」とか、「40代後半男性」などといったかなりざっくりとしたタグがあって、ただそれを目の前にいる人間に付けたい、ということなのでしょうね。

でも、その「年齢のタグ」って「前の学校の面白かった佐藤くん」よりもかなり精度の低いタグの様な気がしてならないんですが、気のせいでしょうか……(私にとって「年齢のタグ」は人とコミュニケーションを取る上で、ほとんどどうでもいいものなので、人に聞く気になりませんが……)。

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