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本日は明日(8月7日金曜日)の自分史フェスティバル2015のプレイベントで、全国の自分史活用アドバイザーが一堂に会するイベントが開かれました。

日頃、全国で様々な活動と自分史を結びつけている仲間たちが集まったイベントです。

本当に様々な分野で活躍しているアドバイザーがいて、「自分史×○○」といった掛け算の多様性と可能性に驚くばかりでした。

 

さて、そんな楽しくもあり、学ぶことも多かった集まりだったわけですが、今回現代ならではのツールの威力を改めて実感しました。

 

そのツールとは、SNS(今回の場合は特にFacebook=FB)という奴です。

私は日頃東京で活動していて、今のところ自分史関連で関東圏以外の地域で活動したことはありません。

ということは、全国から集まったアドバイザーの方々とこれまでに会ったことは、ほぼないわけです。

 

……でも知っている。

初めて会った人なのに、知っている……。

挨拶の時に、以前から知っている気になって話し始めている……。

夏だからと言って、ちょっと怖い話をしようとしているわけではないです。

そう、この恐るべき既視感を生み出しているのが、FBというわけです。

 

初めて会って会話をしだして数秒なのに、
その人が何に“いいね!”しているのか知っていて、
どこに住んでいるのか知っていて、
お子さんが高校生だということを知っていて、
先週、BBQしたことを知っていて、
どんな美術館の絵画が好きなのか知っている。

こちらも向こうもお互い知っていて、話を始めている。

 

一昔前なら、「いやあ、暑いですねぇ」から始まって、
「時にご商売は?」とか、
「お子さんはまだ小学校でいらっしゃるんですか?」とか、
「なるほど、○○県でご商売されているんですね」なんてことを、探り探り話して親睦を深めていたわけです(もちろん話しが空転してシラケることも多々あったわけです)。

この無駄な(まあ、無駄かどうかはもうちょっとよく考える必要があるかもしれませんが……)時間が一切なく、その人の活動の核心を聞いたり、FB上で興味深いことを発言している人にそのことについて聞いてみたりできるのです。

 

科学の力ってスゲー、と思わざるを得ません。

が、ちょっと怖いような気もしたりして、ちょっと複雑なわけです。

つまりWorld Wide Web=wwwに自分のことを載せてしまった以上、自分というキャラクターは自分の手から離れて誰かの脳内で、その断片的な情報で再構築されているわけです。

それが実際の自分に極めて類似しているうちは、全国から集まってきた初対面の方々と話をする時に格好の潤滑油となるかもしれませんが、もしも自分が舌足らずの情報ばかりFBに挙げていたらその舌足らずな情報で自分とはかけ離れたもう一人の自分が様々な人の脳内で再構築されてしまうということになります。

 

もちろん現実世界でも、誰かが自分を誤解していたり、深く理解してくれていたりすることがあるわけですが、wwwとFBによってそれが加速され、増幅されているような気がした一日でした。

 

ということを思いつつ、wwwに載せる情報はよくよく考えるべきだなあ、なんてことを帰りの電車で考えたりしたのでした(つまりこのようなブログでふざけたことを書いている私も誰かの脳内で「ふざけたフク山って奴」ということで再構築されている可能性もある、ということです)。

 

さあ、いよいよ明日、8月7日金曜日は自分史フェスティバル2015の本番です。

みなさんのご来場、お待ちしています!

 

あ、蛇足ですが、FBにご自分の最高のプロフィール写真を掲載している方、さらにはコンピューター上で画像を加工している方、どうぞお気を付けください。

上記のこととは真逆になりますが、そういった方がFBでの露出が高ければ高いほど、初めて会った時「誰?」ということになり、その人だと分かった時、話す内容よりも「そのギャップ」のことにばかり気が取られてしまいますので……(え?!そんなひどいことを思うのは私だけですって?そんなことはないと思うけどなあ……)。

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