Pocket

前回のブログ記事『親と子の「ゲームの付き合い方」』では、
ゲームを含めた子供を取り巻く環境=社会について
ご紹介いたしました。

惰性で「ゲーム」を与えること

それでは今回は「結局親が子供達に
ゲームを買い与えてしまう理由」について、
もう少し考えていきたいと思います。

親がゲームを買い与えてしまう理由については、
以下のようなものを挙げました。

  • 友達が持っているから
  • 仲間はずれにさせたくないから
  • 自分もやってきたから
  • うるさくて黙らせていたいから
  • 勝手に遊んでいてくれるから

この理由を見てみると、
結局“惰性”で買い与えてしまっているのではないか、
という疑問が浮かびます。

親側が「ゲーム」をどのようなものか考察したり、
もしくは自分の頃どんな遊び方をしたか思い出したりしながら、
「ゲーム」の持っている光と影の影響力を把握したうえで
買い与えているようには思えないからです。

どれもその場しのぎで、
問題や課題の本質から目を覆うように
「ゲームを買い与えること」で解決しているように
思えてならないのです。

 

前々回、ゲーム機とソフトを持っていないことで
私の息子が仲間外れにされたこと
を例にとって、
親の心配について言及いたしました。

このことについては、
正直なところ私の気持ちも相当揺れました。

初めて親子で直面したネガティブなコミュニケーション問題
(仲間外れやイジメなど)
だったので、
私は本気でゲームの購入を検討しました。

その問題となっているゲーム機とソフトを
買い与えてあげさえすれば、
息子が仲間外れにされるようなことが
なくなると思ったからです。

そんな心配や「どうにかしなくては」といった逸る気持ちを
一旦引き留めてくれたのは妻の一言でした。

「いつか子供は親から離れるんだから、
今この時期は時間をゲームで費やすより
親子で何かをする時間にした方がいいんじゃない」

この言葉で、考える事を放棄してゲームを
買い与えようとしていた自分を抑えることができました。

 

ただし、私は妻からもらったこのアドバイスが
子供の幼少期におけるゲームの関わり方への
全般的な答えと解決になるとは、
少しも思っていません。

ご家族、ご夫婦、親子の関係は千差万別であることから、
上記のような理由は
我が家だけに当てはまることなのかもしれません。
(もちろん同じようにお考えのご家庭もあるとは思いますが)

ただ、私がここで重要視するのは、
ゲームにしてもTVにしても漫画にしても、
「親が考える事を放棄して
惰性で与えるべきものではない」ということです。

“ゲームリテラシー”を上げる

どんなものにも適量があります。

画期的な医薬品も過剰摂取は毒になってしまう
というのはよく聞く話ですし、
台所にある醤油でさえ一升瓶丸ごと飲めば
命の危機にもなり得ます。

刺し猪口に適量の醤油なら
刺身を引き立たせるものにもなりますが、
どんなものにも限度と適量があるということです。

ゲームもTVも漫画もこれとよく似たもののような気がします。

つまり、その接し方に応じて
“毒”にもなれば
“薬”にもなる、
ということです。

 

それでは、結局のところ「ゲーム」とは
どのように関わっていくべきなのでしょうか。

私はこの問題には親も子も
“ゲームリテラシー”
を上げていくべきことだ、
と考えています。

リテラシーは“識字”を表す言葉ですが、
転じて情報の活用や応用力といった意味で
使われることが多い言葉です。

最近ではよくITリテラシーといった言葉で使われ、
企業などでIT教育の指標に使われたりしています。

私は“ゲームリテラシー”とは、
「ゲーム」の持つ力をしっかりと活用し、
応用していく力だと考えています。

 

子育てにおける「ゲーム」の問題では、
私は親にも子にもゲームを活用し
応用していく力が欠如しているように思えます。

正直なところ、
ゲームをする時間(1日30分など)を
ただ決めるだけでは、
その“ゲームリテラシー”が足りていません。

“ゲームリテラシー”の具体例

それでは、ゲームリテラシーとは
具体的にどのようなことなのでしょうか。

ゲームリテラシーとは、
以下のようなことを想定しています。

  • 子供にゲームを買い与えたら、
    どのくらいお金がかかるのか把握させる
    (そのお金を稼ぎ出すことに
    どのくらいの労力が必要かなど)
  • ゲームの中の表現(世界観や物語の描き方など)が
    どのように素晴らしいか、
    もしくはどのような文芸作品の影響を
    受けているか、教えてあげる
  • クラスで他にゲームを持っていない子には
    どのように接してあげるべきか、一緒に考える
  • ゲームの中のなぞ解きを一緒にクリアして、
    喜びを分かち合う
  • ゲームの30分間、
    お手伝いの30分間、
    宿題の30分間、
    同じ時間でも
    どのような違いと価値の変化があるかを話し合う

以上のようにゲームを活用した子供との関わり方は
本当に多岐に渡ります

それを放棄して、ただ問題の本質を退け、
その場しのぎの対策として「ゲーム」を
買い与えるべきではありません。

「ゲーム」との付き合い方

親が惰性でゲームを買い与え、
子供は惰性でゲームをプレイしているようでは、
コントロールされているのは
画面の中のキャラクターではなく、
自分たち親子になってしまいます。

親も子もゲームに“乗っ取られている”ようでは
他の射幸心を煽るものと同様に簡単に“毒”になります。

  • ゲームは毒にも薬にもなりうること。
  • 自分の教育方針にそぐわないからといって、
    ただ退けないこと。
  • 問題や課題の解決のために、惰性で利用しないこと。
  • ゲーム自体の面白さ、素晴らしさを親子で共有すること。

これらを守れば、
ゲームとの適切な関係を築けるのではないでしょうか。

ゲームにコントロールされるのではなく、
それをコントロール下に置いて活用・応用し、
その子らしさや親子の関係を助長するものであれば、
非常に有効な“日本を代表する文化”と言ってもいいものだと思います。

 

ちなみに以上のことは
TV、漫画、インターネット、スマホ、SNS
すべてにおいて言えることかもしれません。

子供たちは否が応でも
大人たちがつくりあげてきた社会と接触していきます。

その時、惰性で心の赴くままに接触していたのでは、
どんなことだって“毒”になります。

そして、同様に考える事を抜きにして、
与えてしまってはこれもまた“毒”になります。

 

逆に考えると、
親子ともにしっかりと考え抜けば、
どんなことだって子供たちを豊かにたくましくしてくれる
“薬”にもなる
と言えるのではないでしょうか。

Pocket