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私には特にキライな言葉あります。

それは、「まだ早い」という言葉です。

子育てシーンであっても、ビジネスシーンであっても、その言葉が使われるのがキライです。

 

この言葉は、想像以上に相手を萎えさせてしまうことを、「まだ早い」と言ってしまう本人たちは気が付いているのでしょうか。

この発言を相手にするということは、恐らくは相手よりも“あること”について、先行している部分を持っている人なのでしょう。

本人の経験を顧みて、対して悪気もなく、言っているのかもしれません。

本人からしてみれば、艱難辛苦(と自分では思っている)の上に今の自分の立ち位置があるので、「そう易々とは行かないよ」という相当に迷惑な先輩(大人)風なのかもしれません。

 

で、ですね。

これからチャレンジしようと思っている人は、そんなことは百も承知なわけです。

むしろ内心では不安に思っていることも多いので、千も承知なくらいの勢いです。

でも、やると心に決めて一歩を踏み出そうとしている。

 

そんな懼れも気力も振り切れているような状態で、

「まだ早い」

を喰らうわけです。

じゃあ、どうすればいいんだよ、と。

 

ちょっと丁寧な人は、自分の歩んできた道をトレースするようにアドバイスしてくれます。

その人の歩まれた道には敬意を払いますので、そのアドバイスを蔑ろにするつもりはありません。

しかし、その方法を採れば、その道で「先を行っている」その人にはいつまで経っても追いつかないですし、最終ゴールが“その人”になってしまいます。

そのことを“その人”は分かって言っているのでしょうか。

 

とは言え、ある種の徒弟関係やコーチとプレイヤーの関係で、このパターンがうまくいくことがあることも否定しません。

伝統的に型がしっかりと決まっているような世界では、自分勝手なやり方は決して“創造”などではなく、異端であったり、技術足らずであったりするのかもしれません。

先人の技をトレースすることにより、「まだ早い」状態を自分で把握しつつ技術の研鑽を積む、このことは本当に素晴らしいことだと私は思っています。

 

ただ、私がこの「まだ早い」で一番嫌なシーンは、「まだ早い」を言われた人の経験も能力も対して理解していないのに発せられる“その時”です。

大抵そういう場合、言った本人には、

「何、生意気なことを言っているんだ」とか

「対して経験もなさそうなのに」とか

「自分がこれだけ苦労したことなのに分かっているのか」などの気持ちがあったり、

もしかしたら、特にビジネスシーンでは「こいつ、ホントにやりそうだから今のうちに芽を潰しておこう」なんて姑息な気持ちもあったりするかもしれません(もちろん想像ですが……)。

 

ということで、私はいつもアドバイスを求められた時には、「まだ早い」は使わないことにしています。

時にいろいろヒアリングした結果、気持ちが先走っているなど、どうしても「まだ早い」時期の人がいることは否めません。

ですが、必ず現状の把握とその打開策(or行動計画)を一緒に考えることにしています。

本当に「まだ早い」時であったとしても、必ずそれをブレイクスルーすることができるはずですから。

 

ということで、後輩やお子さんに「まだ早い」をつい使ってしまっている方に一言!

じゃあ、いつなら「早くないのか」を必ずアドバイスしてあげてください。

そして、相手は必ずしもあなたを目指していない可能性(あなたが最終到達点でない可能性)もあるので、その点を留意すべきです。

もし、それができないのなら、安易に「まだ早い」を言うのは止めた方がいいです。

 

今回のことを書いていて、ふと思いました。

「もう遅い」もそれはそれで、頭に来るなあと。

幸いと(?)、言われたことがないので、思いが至りませんでしたが、この言葉も木で鼻をくくったような表現で嫌ですね……。

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